川崎医科大学 前田 恵
(平成19年度 受賞者)
私 の 道

 僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る
 これは高村光太郎の詩集『道程』の冒頭部分です。この詩と出会ったのは振り返って見渡せるほどの道などまだない中学時代でしたが,あれから十数年が経ち,私も川崎医科大学衛生学教室の一員として「アスベスト曝露による腫瘍免疫の減衰について」研究を行い,平成19年度教育研究助成をいただくことが出来ました。どうやら辿ってきた道が自分の後ろに見え始めたようなので,この機会を利用して現在の私の原点となった大学時代の研究について触れてみようと思います。
 みなさん‘糖鎖’って聞いたことありますか?核酸やタンパク質に次ぐ第3の生命鎖と呼ばれる糖鎖は,糖がつながって鎖状になった生体高分子として単独,あるいはタンパク質や脂質と結合した状態で細胞や組織中に存在しており,多細胞生物の発生・分化・老化・ガン化等の様々な生命現象において多彩な生理機能を果たしています。すなわち様々な構造を持つ細胞表面の糖鎖は,健全な細胞社会を築く細胞間の情報交換ツールとして欠かせない分子なのです。また抗ガン剤として知られるインターフェロンや赤血球の増殖と分化を誘導するエリスロポエチンはタンパク質に糖鎖が結合した糖タンパク質となってはじめて生理活性を発揮することからも糖鎖の生理的重要性がよく分かります。もちろん植物細胞中にも糖タンパク質が含まれているのですが,これには動物細胞と共通の糖鎖以外に植物特異的な構造の糖鎖が結合しています。この植物細胞に特異的な糖鎖はほ乳動物に対して強い抗原性を示すため食物アレルギーや花粉症との関わりが議論されています。私の学位論文は,植物細胞における糖鎖の生理機能解明を目的としており,植物のめばえや果実の熟成にともなって糖タンパク質から切り離されて著しく蓄積する糖鎖が細胞の増殖や分化を促進していることを裏付ける結果をまとめています。このように単なるエネルギー源としてだけでなく,生命活動に極めて重要な生理機能を有する糖鎖に私は興味を惹かれていき研究者としての第一歩を踏み出したのです。
 最後になりますが,私達を取り巻く環境は複雑でひとつの側面だけを見ていても埒が空かない事が多くあります。本研究課題を充実させるためにも,糖鎖のような‘flexibility’を忘れずにいたいものです。
 さてこの先どんな道が出来ていくのやら・・・
 また十数年後に振り向いてみるとします。
[平成20年5月8日掲載]